1. 化学工学入門
1.1 化学工学の基本コンセプト
化学工学は化学プラントを対象とした工学手法であり、そのために他の工学に比べ内容がより具体的で実務に適しています。ですから、他の工学を専攻したエンジニアでも、物理や化学などの一般的な知識があれば、化学工学を一通り理解することはそれほど難しいことではありません。
ただし、化学工学特有の基本項目、つまり、
- 物質収支
- 熱収支あるいはエネルギー収支
- 平衡
- 熱流動
- 経済評価
については改めて学習する必要があります。
この5つの項目は1944年から1947年に掛けてTexas A&M Universityにて化学工学を教えていたChalmer G. Kirkbrideが提唱したもので、その際にまとめた教科書「Chemical Engineering Fundamentals」は世界各国の学校で使用されていました。後の1954年にAIChE(米国化学工学会)会長に選任されています。
確かに熱収支や熱流動に関しては、機械工学分野でも熱力学や流体工学として学んでいますが、細部に渡って見ますと内容は異なっています。どのように違っているかも含め、「物質収支」から順次説明していきましょう。
1.2 物質収支
1.2.1 物質収支(液体)
物質収支の基本原理は「質量保存則」です。つまり、ある限定された範囲と適切な時間内において入ってくる質量と出て行く質量は変わらないということです。化学工学の場合にはこの限定された範囲が化学プラントや工場であったり、装置や機械であったりしますが、範囲の大小は問いません。また、適切な時間内も1時間であったり1日であったりします。
具体的に説明しますと、図に示すように流量Faで液体が中央部のドラムに入り、ドラム底部から液体が流量Fbで配管内に入り、流量Fcで外部に流出するシステムを想定します。ここで、流量Faは一定としますが、Fbは一定とはなりません。それはドラム液面がドラムから流出する流量Fbと流入するFaとの関係で上下に動き、その液面変動がドラムから流出する液体流速を支配しますので流量Fbが時間的に変化するからです。
しかし、配管から流出する流量Fcは配管の長さが適当であれば、多少時間遅れが生じますが流量Fbにほぼ等しくなります。
すなわち図に示すように、
- 流量Fa>Fbであれば、ドラム液面は当初は上昇しますが、適当な時間後に液面は一定となります。液面が一定になれば流量Fbは流量Faに等しくなります。また、その間、ドラム内液量は増加します。
- 流量Fa<Fbであれば、ドラム液面は当初は下降しますが、適当な時間後に液面は一定となります。液面が一定になれば流量Fbは流量Faに等しくなります。ただし、その間、ドラム内液量は減少します。
つまり、ドラムが流入する液体と流出する液体とのバッファ(緩衝)となっており、流量Faが変動したとしても、”或る時間”が経過すれば流量Fb(Fc)は流量Faに等しくなるように自律的に変化しています。しかし、化学プラントで”或る時間”まで待っていますと、その間に変動が大きくなったりして元に戻すまで苦労するだけでなく、連鎖的に影響が他の装置に波及してプラントにダメージを与えることがあります。そのために色々な制御システムが導入されています。これらも含めて基本設計を行うのが化学工学です。
つまり、換言すれば、「化学工学の役目は物質収支が適正になるように(入りと出の質量が同じになるように)する」ことなのです。
さて、或る限られた時間内では本当に流入する質量と流出する質量は同じにするにはどうしたらよいのでしょうか?(この答えは次回に・・・。)
- 序章 化学工学とは何か
- 化学工学の特徴
- 化学工学と化学工業(その発展と今後)
- 化学工学と化学プロセス
- 化学工学と化学プロセス(原料と製品)
- 化学工学とプラント設計(化学プラントと機械プラント)
- 化学工学とプラント設計(化学工学の内容)
- 第1章 化学工学入門
- 1.1 化学工学の基本コンセプト
- 1.2 物質収支(液体)
- 1.2.1 物質収支(液体)続き
- 1.2.2 物質収支(気体)
- 1.2.3 原子バランスと化学反応を伴う物質収支
- 1.2.3 原子バランスと化学反応を伴う物質収支(続き)
- 1.2.4 制御システムと化学反応を伴う物質収支
- 1.3 熱収支とエネルギー収支
- 1.3.1 単位操作と運転条件
- 1.3.2 熱収支とエネルギー収支の計算
- 1.4 流動
- 1.4.1 流動と拡散